DSFインタビュー ディジタルメディアプロフェッショナル 大渕 栄作 氏

 

深層学習ブームで投資は過熱、技術は正常進化――GPU開発の経験と資産が生きるAI市場へ参入

電子システムの開発業務を支えるキーパーソンに、技術や製品開発の動向などについて話をうかがうインタビューの第2弾である。今回は、ディジタルメディアプロフェッショナル(DMP)の大渕 栄作 氏に聞いた。DMPは任天堂の携帯型ゲーム機などに低消費電力GPUコアを供給しているベンチャー企業。同社はGPUコアに続く新たな事業として、ディープラーニング(深層学習)の推論処理アクセラレータIPや動画像分類ソフトウェアの開発に取り組んでいる。昨今のAIブームは、投資の面ではバブルの様相を呈しているが、技術的には「コンピュータサイエンスの総まとめ」とも言える状態で、健全な正常進化の途上にあるとみる。聞き手はDSF2017実行委員の宮下 晴信 氏。

大渕 栄作 氏(右)株式会社ディジタルメディアプロフェッショナル 常務取締役 開発統括部長

宮下 晴信 氏(手前左、聞き手)Design Solution Forum実行委員

「道具としてAIを使う」ことが当たり前に

宮下:ディープラーニングの最近の動きについて、「バブルではないか」という見方があります。

大渕:二つの側面があると思います。バブルと言われる一番分かりやすいところは、投資です。ソフトバンクグループが10兆円規模のファンドを立ち上げました。中国では数千社のAIベンチャーが立ち上がっていると聞きます。この部分は過熱しています。一方、技術の側面を見た場合、正常進化の途上にあると見ています。ある意味、「コンピュータサイエンスの総まとめ」のような段階に来ている、と。

今、内閣府と3省(総務省、文部科学省、経済産業省)が「人工知能技術戦略会議」を発足し、AI技術の産業化への道筋を議論しています。こうした活動が実になるまでには、5~10年以上かかるかもしれません。しかし、「道具としてAIを使う」ことは普通になっていくと思います。

宮下:ディープラーニングには「学習」と「推論」のプロセスがあります。それぞれ、どのように進歩していますか?

大渕:これまでは、学習を中心に開発が進んできました。GPUを適用してみたところ、思いのほか認識率が向上した、という段階です。次に、この成果を社会実装しようということで、今はエッジ側で推論を行うデバイスの開発が増えています。

 さらに、クラウドだけでなくエッジでも少しは学習したいよね、という話も出ています。つまり、パーソナルカスタマイズのようなことを実現したい。新しいところでは、Google社がモバイル向けのニューラルネットワークライブラリ「TensorFlow Lite」を公開し、デバイスベンダに対してサポートを働きかけています。

クラウドとエッジが連携して学習するようになれば、多くのエッジを束ねるハブのようなものが出てきて、系としてさらにインテリジェントになると考えられます。そうなると、エッジの数が増え、エッジ用デバイスの需要が増加します。そこが一つの潮目になるのではないか、と期待しています。

アクセラレータと制御用CPUを統合、GPUと連携

宮下:御社もディープラーニングのIPコアを発表しています。

大渕:エッジの推論処理に特化した「ZIA DV700」を発表しました。これは、ディープラーニング用のアクセラレータと制御用CPUから構成されています。

これとは別に、昨年(2016年)、ソフトウェアソリューションとして動画像分類エンジン「ZIA Classifier」も発表しました。これは、法人向け自動車リース会社である住友三井オートサービスのドライブレコーダ動画自動解析サービスに採用されています。

宮下:御社のIPコアを使うと、何を実現できるのでしょう?

大渕:Xilinx社のFPGA(Zynq)を搭載した基板(図1)にZIA DV700を実装して行う4種類のデモを公開しています。一つ目は動画像の人の動きを識別する「Action Detection」のデモ(図2)、二つ目は静止画像から10種類の物体とその位置を同時に検出する「Object Detection」のデモ(図3)、三つ目はInception v2というGoogle社のニューラルネットワークを使って約1000種類の物体を識別する「GoogLeNet」のデモ(図4)、四つ目は152層という非常に階層の深いMicrosoft社のニューラルネットワークを使って認識率を高めた「ResNet」のデモです。

これらのネットワークはいずれも同じFPGA基板で実現しており、制御用CPUのプログラムを切り替えるだけで動作します。TensorFlowやCaffeといったフレームワークからエクスポートしたモデルを持ってくることもできます。現在、80MHz程度で動かしていますが、ASICにすればその10倍の速度で動くようになり、さらに効率が上がります。

図1 ZIA DV700を実装したデモ用のFPGA基板 FPGAはXilinx社の「Zynq」。80MHz程度で動作する。

図2 Action Detectionのデモ画面 画面では、ボクシング動作(Box)を識別している。動画像を500フレーム/sの速度で解析している。

 

図3 Object Detectionのデモ画面 道路上の自動車、自転車、歩行者などを識別しながら、同時にそれらの位置も検出している。解析速度は14~15フレーム/s。

図4 GoogLeNetのデモ画面 猫の種類を識別している。同じネットワークモデルを使って約1000種類の物体を識別できる。解析速度は12~13フレーム/s。

宮下:他社の製品とどこが違いますか?

大渕:当社はGPUコアを持っているので、そのGPUコアと連携してZIA DV700を動かせるようにしています。GPU用のドライバスタックの開発に投資しており、これが当社の一番の強みになると考えています。

例えば、今後、AR(拡張現実)やMR(複合現実)の技術が普及すると言われていますが、これらの応用ではゴーグルにCGを表示するので、GPUが必要です。さらに空間と物体を認識し、必要に応じて特定の物体を消したり、別のものに置き換えて表示したりします。そうなると、ディープラーニング用のアクセラレータとGPUが協調動作するようになっていないと、システムを作りにくいと思います。

DSF2017でディープラーニングのセッションを企画

宮下:DSF2017では、ディープラーニングのハードウェア実装などについて研究されている東京工業大学 工学院 情報通信系 准教授の中原 啓貴先生、北海道大学 大学院 情報科学研究科 准教授の高前田 伸也先生、TensorFlow関係の動向に詳しいパソナテックの夏谷 実さんに講演していただく予定です。フォーラムに来場されるエンジニアの皆さんにひと言、メッセージを。

大渕:このようなイベントが定期的に開催されることは、非常に重要だと思います。熟成しつつ、新しい血を入れて、特に若い人たちをうまく巻き込みながら継続してほしいと願っています。ディープラーニングを始めるのに、たいしたコストはかかりません。FPGAが1個あれば、事足ります。ソフトウェアも無料で入手できます。ハードウェア開発の経験者、特に若い人にとっては、敷居は低いと思います。この機会にぜひ、ディープラーニングの技術に触れてみてください。

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<プロフィール>

大渕 栄作 株式会社ディジタルメディアプロフェッショナル 常務取締役 開発統括部長

会津大学コンピュータ理工学部、法政大学大学院システム工学専攻を卒業。日本電気株式会社入社後、分社化に伴い、NECエレクトロニクス移籍し、モバイル向けアプリプロセッサ開発に従事。その後、株式会社ディジタルメディアプロフェッショナルにて、GPU IPやSoC開発に従事。また、Khronosグループにて、各ワーキングループの参加と共に、OpenVGワーキンググループ議長としても活動。

宮下 晴信 Design Solution Forum実行委員

Design Solution Forum発足当初から勝手に企画担当。皆さんに楽しんでもらいたい企画を毎年行っています。今年は、本邦初のRISC-Vの専用トラックを用意しました。また、「TwitterとLINEの中のひと」(河邊実行委員)の「フリートークセッション:先輩エンジニアに色々きいてみたい!」のきかれる側のひとりです。。
何をきかれるかは、まだわかりませんが、私自身も楽しみにしています。

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