DSFインタビュー 日本シノプシス 藤井 公雄 氏

セキュリティは“サインオフ”で担保する

―― ハードの品質作り込みの極意をソフトへ展開

ここでは、電子システムや組み込みソフトウェアの開発業務を支えるキーパーソンに、技術や製品開発の動向、業界が抱える課題などについて話をうかがっていく。今回は、半導体IPやEDAツール、ソフトウェア開発ツールを提供している日本シノプシスの藤井 公雄 氏に聞いた。技術革新をけん引する応用領域がモバイルから自動車やIoTへ移行し、設計上の重点課題は低消費電力化、ソフトウェア品質の向上、堅ろう性(信頼性)の確保などに移ってきた。これに伴い同社では、セキュリティ認証の標準化やソフトウェア解析ツールの整備に力を入れているという。自動運転を支える機械学習用IPの開発にも取り組む。聞き手はDesign Solution Forum実行委員長の木村 貞弘 氏。

藤井 公雄

日本シノプシス合同会社 社長 職務執行者

木村 貞弘 氏(聞き手)

Design Solution Forum実行委員長 / 株式会社リコー 生産本部 生産技術開発センター ES設計室 設計1グループ リーダー

 

東京五輪に向けてセキュリティで官庁と連携

木村:御社の顧客が現在設計しているものと、10年前に設計していたものには、どのような違いがありますか?

藤井:ひと昔前はモバイル機器の普及が半導体の技術革新をけん引していました。現在は、自動車やIoT(internet of things)にかかわるもの、例えば車載用のADAS(advanced driver assistance system)チップなどの開発案件が増えています。

ハードウェアについては、14nmや16nmのプロセスになり、FinFET構造のトランジスタが使われるようになっています。動作時のダイナミック電流はもちろん、リーク電流も含めた低消費電力化の要求がますます強くなってきた、と言えます。

ソフトウェアについては、品質や堅ろう性、特にセキュリティへの関心が高まっています。

木村:セキュリティの担保に関して、御社はどのような製品を提供していますか?

藤井:2種類の製品があります。一つは暗号化などのセキュリティ処理を高速に実行する半導体IP(intellectual property)、もう一つはソフトウェアの開発段階でプログラム・コードの脆弱性を見つける解析ツールです。

木村:今後は、秘密鍵の管理や乱数生成の需要がどんどん高まるのではないか、と思っています。

藤井:専門企業を買収し、アメリカ国立標準技術研究所が裁定した暗号化規格に準拠したハッシュ・アルゴリズムを実装できる「DesignWare SHA-3 Cryptography IPソリューション」という製品を提供しています。業界標準規格準拠の真性乱数発生器(TRNG)を実装できる「DesignWare True Random Number Generator IP」なども提供しています。

ほかにもいろいろありますが、セキュアな実行環境でデータ処理を行うための「DesignWare ARC SEMセキュリティ・プロセッサ」、セキュア・ブートやセキュア・アップデート、セキュア・デバッグといった機能を実現する「DesignWare tRoot H5 Hardware Secure Module (HSM)」なども提供しています。

木村:ツールによる脆弱性の解析は、どの程度、有効なのでしょう?

藤井:実際の話として、セキュリティをツールで100%担保することはできません。しかし、不正な攻撃に対する障壁を強化することは可能です。

弊社は、ハードウェアの世界でよく知られている“サインオフ”の考え方(受発注時の責任の所在を明確にするための認証プロセス)を、ソフトウェアの世界へ広げる活動を行っています。米国の安全認証機関であるUL(Underwriters Laboratories Inc.)とも協業しており、ULでは、弊社のソフトウェア・セキュリティ・テスト・ツールを使用して安全性要件を満たしているかどうかのアセスメントを行っています。

木村:総務省や経産省もサイバー・セキュリティの分野でさまざまな取り組みを行っています。

藤井: 日本政府は、2020年の東京オリンピック開催に向けて、セキュリティの強化を推進しています。弊社も政府のチームのお手伝いをしています。自動車や医療など、業界ごとにサインオフの基準を設け、標準的なセキュリティ・テストの実施に向けてようやく動き出した、という段階です。

自動車向けに機械学習のエンジンを提供

木村:セキュリティ対策でもっとも優先順位が高いのは、人命がかかわる領域だと思います。端的な例で言うと、自動車ですね。この領域では、どのような取り組みを行っていますか?

藤井:いろいろな取り組みがありますが、自動車分野で最近多いのはADASチップの開発です。世界中で大手企業からベンチャまで、もちろん日本でも多くの企業がADASチップを開発しています。弊社は、ドライバの認知や判断を支援するCNN(convolutional neural network)のエンジンを開発しています。CNNそのものを半導体IPのサブシステムとして提供しており、現在、第2世代の「DesignWare EV6xプロセッサ・ファミリ」の供給を始めています。セキュリティという意味では、ASIL D認証済みのデュアルコア・ロックステップ・プロセッサ 「DesignWare ARC EM Safety Islands」なども提供しています。

木村:セキュリティの強化が求められる別の領域として、金融分野があります。昨今は金融(Finance)とIT技術を融合した“FinTech”という言葉にも注目が集まっています。

藤井:弊社のユーザの多くは組み込みシステムを開発対象としていますが、セキュリティについて、金融や保険の分野の方とも直接、話をしています。実際、大手銀行や損害保険会社、IT企業などの間で、弊社のセキュリティ関連ツールの運用を始める例が出てきています。

必要なものは成長戦略の立案と挑戦の心

木村:エレクトロニクスや半導体の業界を見渡したとき、景気はそれほど改善しているように感じられません。どうすれば、日本の電子産業はよくなっていくのでしょう?

藤井:難しい質問です。経営サイドについては、これまで大幅なコストカットに取り組んでこられましたので、今後は成長戦略に切り替えていく段階だろうと考えています。日本は長らく、出るお金を抑えることを優先的にやってきました。それも大事なことなのですが、並行して先に向けた開発、新しいものや他社と差異化するための開発にも取り組む必要があります。そのための戦略に重点をおいて、攻めの態勢に転換する時期だろうと。

エンジニアの立場では、「失敗してもいいから新しい技術に挑戦する」という姿勢が重要です。そのような気持ちでやっていかないと、世界の動きについていけません。

木村:今年(2017年)でDesign Solution Forumは4年目を迎えます。来場するエンジニアの皆さんにひと言、メッセージを。

藤井:エレクトロニクスや半導体の産業がなくなることは100%ありません。あらゆるものに半導体が入り込み、電子システムの需要はどんどん増えていきます。ただし、そこにどのように自分の魂を入れていくか、というのはまた別の話です。

AIやIoTといった技術がこれから花開いていく中で、日本のエンジニアの皆さんが新しい技術に挑戦して、ぜひ世界に誇れるシステムを開発していただきたい、と願っています。

 

<プロフィール>

藤井 公雄

日本シノプシス合同会社 社長 職務執行者。

同志社大学・工学部・機械工学科を卒業。株式会社クボタ入社。その後、日本テキサス・インスツルメンツ株式会社・東日本地区・営業統括部長、シーラス・ロジック株式会社・セールス&マーケティング担当副社長、同社代表取締役社長、日本シグナスソリューションズ・代表取締役社長を経て、現職に就任。

 

木村 貞弘

Design Solution Forum実行委員長 / 株式会社リコー 生産本部 生産技術開発センター ES設計室 設計1グループ リーダー。

奈良先端科学技術大学院大学・情報科学研究科を卒業。株式会社リコー入社。電子システムレベル設計(ESL)技術を用いた通信システム設計、並びにアーキテクチャ設計に従事。現在、一般財団法人・新システムビジョン研究開発機構 を設立し、兼業として、理事に就任。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*