DSFインタビュー 放送大学 名誉教授 黒須 正明 氏

UXを正しく理解して製品の魅力をもう一段アップ

――ユーザを知り、己を知れば、百戦危うからず

電子システムの開発業務を支えるキーパーソンに、技術や製品開発の動向などについて話をうかがうインタビューの第5弾である。今回は、UXuser experience)の専門家である放送大学 名誉教授の黒須 正明 氏に聞いた。UXは、単なる製品の使いやすさ(ユーザビリティ)ではなく、「ユーザの経験」に関係する多面的な概念として捉える必要がある。製品を出荷した後、ユーザの利用時の不満や問題点を探り出し、きちんと調査して、その情報を次の製品開発に反映させる必要がある。FA機器や産業用機器のように、長期的にユーザをサポートしていくような製品の開発では、特にこのような取り組みの徹底が重要になるという。聞き手はDSF2017実行委員の矢野 哲夫 氏。


黒須 正明 氏 放送大学 名誉教授


矢野 哲夫 氏 Design Solution Forum実行委員

UXとユーザビリティが混同されている

矢野:最近、ただ「性能を追求しましょう」、「機能を作りましょう」と言うだけではお客さまに満足していただけない、と感じています。魅力作りというか、使って喜んでいただける何かが必要で、UXの取り組みがその糸口のひとつになるのではないか、と考えています。そこでUXについて自分で調べ始めたのですが、なかなか理解するのが難しいです。

黒須:UXは、ユーザビリティと混同されるケースが多いようです。ユーザビリティは平たく言えば“ease of use(使いやすさ)”ですが、UXはそれだけではない、というのがポイントです。例えば、魅力的に見えるとか、きれいとか、かっこいい、といった外観は、ユーザビリティとは別の側面です。ユーザビリティのように狭く考えるのではなく、「ユーザの経験(UX)」に関係する側面を多面的に捉えていく必要があります。

矢野:分かりやすい例はありますか?

黒須:例えばレーザプリンタを考えたとき、トナー交換や給紙などのメンテナンス作業のやりやすさは、UXの一つと言えます。機能や性能、信頼性といったものはUXそのものではなく、UXの向上を実現するためのファクタ(要素)と考えてください。UXを考えるとき、1の概念図に示すように、私は「設計時の品質」と「利用時の品質」を区別するようにしています。UXは「利用時の品質」の領域の問題です。


1 UXの概念図
「設計時の品質」と「利用時の品質」を区別して考え、後者をUXの領域と位置づける。本図は黒須 正明 氏が作成した。(図をクリックすると拡大できます)

矢野:UXについてネットで調べていると、Webデザイナの方やUI(user interface)関係のソリューションを提供している会社のサイトにたどり付きます。その説明を見ると、彼らの分野に限った内容なのかと疑問が残ります。

黒須:今は、マーケティングの人たちがUXという言葉をよく使います。例えば「UXを高めると売上が上がる」という感じです。ただ、彼らはUXを「製品の魅力」くらいの意味で使っているように思います。新しく出てきた言葉にみんながワーッと飛びついているという状況で、まさにバズワードです。昔だって、製品の魅力作りを目指した「魅力工学」とか、それに近いところを狙った「感性工学」といった言葉があったのですが……。

製品を出荷した後の対応が重要に

矢野:UXの考え方を実際の製品開発に生かすためには、何をすればよいのでしょうか?

黒須:UXはユーザが製品を使っていく過程で経験することなので、製品の開発時点では予測がつかない部分を含んでいます。例えばバッテリが劣化してスマートフォンを1日に何度も充電しなければならない(つまりUXが下がる)、というケースがありますが、これは早くて2~3カ月、あるいは半年、1年たって分かってきます。じわじわ効いてくるのがUXです。ユーザは、製品を買ったときはけっこう満足しているものですが、UXが大事なのはそこから後のプロセスです。

矢野:UXは、使いながらだんだん変化していくのが当たり前、ということですね。

黒須:そうです。いろいろな新しい状況が出てくると、「あっ、こんな場面で、こんなことはできないんだ」ということがけっこうあったりするわけです。そのような、使用時の不満や問題点をきちんと探り出し、それをきちんとフィードバックして、次の製品で同じ問題が起きないように設計することが重要です。ユーザの利用プロセス(利用時の品質)と設計プロセス(設計時の品質)を有機的に結びつける必要があるのですが、こうした流れがきちんと出来上がっていない企業が多いように見えます。

矢野:「こういう使われ方をするだろう」と、ある程度は想定して開発を進めますが、実態がどうかというと、確かに想定外の、多種多様な使われ方をしています。

黒須:「それは想定外でした」とか、「それは仕様に入っていません」というのは、メーカの言い逃れなわけです。実際のユーザの姿を見ていこう、探っていこうとする姿勢が必要です。

矢野:なかなか耳に痛いお話しです。お客さまとのダイレクトコミュニケーションが大事だと分かっていても、「クレームを聞いて、問題を解決しておしまい」となりがちです。「こういう使い方もするんだな」という情報を整理して、組織的に蓄積し、次につなげていく努力をする必要がある、と。

黒須:その意味で、クレームは宝の山と言えます。ユーザが困っている点というのは、UXの中で起こるわけです。それを改善して、うまくユーザに訴求することができれば、これは製品の魅力の一つになります。例えばFA機器や産業用機器のように、長期的にユーザをサポートしていくような製品の開発では、特にこのような取り組みの徹底が必要です。使い勝手の一貫性を上げるとか、機器間の相互運用性を高めるとか、そういう努力をするとUXが向上し、ひいてはユーザの生産性の向上につながります。

矢野:10月13日に開催されるDSF2017では、「エンジニアの設計要件としてのUX」というタイトルで黒須様に講演していただきます。

黒須:当日は1の概念図を使いながら、「UXとは何か」、「どのようにして製品の品質向上や魅力向上につなげていくのか」について、説明させていただきます。

矢野:講演楽しみにしております。本日はありがとうございました。

<プロフィール>
黒須 正明
学校法人放送大学 名誉教授
日立製作所中央研究所で日本語入力方式やLISPプログラミング支援環境などのシステムの研究開発に従事。1988年同社デザイン研究所に移り、インタラクションデザイン、ユーザビリティ評価を研究。1996年に静岡大学情報学部情報科学科教授。2001年文部科学省メディア教育開発センター教授。2009年放送大学教授。2017年に放送大学名誉教授。以後、ユーザ工学の立場から人間とあらゆる種類の人工物の適切な関係のあり方というテーマに取り組んでいる。

矢野 哲夫
Design Solution Forum実行委員 / 三菱電機株式会社 名古屋製作所 FAシステム第一部 FA基本ハードウエア開発課 専任
2006年に三菱電機株式会社へ入社し、社内のASIC/FPGA設計支援、設計プロセス効率化に従事。現在は同社名古屋製作所にてFA機器の開発を担当。

 

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